Kagoshima

Por: 
Koss San

¿Qué espera a un preparatoriano de Kagoshima, el día posterior a su graduación? ¿Una competida universidad? ¿Una larga y sentada vida laboral en una compañía transnacional sin duda honorable? ¿Un camino de cerezos en flor?

 

 

本日、ここに保護者の皆さんとともに来賓多数のご列席をいただき、めでたくラ・サール53回卒業予餞式をむかえましたことは、卒業生一同ならびに、私どもの無上の光栄とするところです。

 

卒業生の皆さんはラ・サール高校に入学以来3ヵ年、一生懸命勉強して、本日は卒業証書を受けましたことは、めでたいことであって、皆さんはもちろん、保護者の方々に対し、心からお祝い申し上げます。

 

小学校時代に母親から聞いた面白い話の覚えがあります。双子の息子がいるお父さんの話です。一卵性双生児だったから、見分けるのは難しいことでした。しかし生まれてから、双子の性格は光とやみと同じように完全に反対でした。一人は楽観的な人、もう一人は悲観的な人でした。新しい挑戦および冒険を常に捜していたので、楽観的な子供は親からの動機づけを必要としませんでした。逆に悲観的な子供は自分が何かをしようと思った時に、失敗するかも知れない、またけがをするから常にためらいました。クリスマスでは父親は双子を試みようとしました。悲観的な子供のために多くのプレゼントを買っておきました。マウンタインバイク・コンピューター・スノーボード等。楽観的な息子のために、悪いと思っていても、荒布の大袋の中に馬糞(馬の糞)を入れて、ひもで閉じました。

 

クリスマス日の朝、父親は双子の反応をみるのに子供の部屋に行きました。部屋に入って、悲観的な子供は迷っているよな顔をしながら、ベッドに座っていた。お父さんはサンタからのプレゼントはどうですかと聞いたら、子供は泣きながら「サンタからのプレゼントは全部危険だ。使うのは怖いよ。」という返事しました。もう一人の子供は物置や他の部屋に入ったりしていて、何かを探しているような息子の姿を見たお父さんは、笑いながら、大きな声で「何をしているの」と聞いたら、子供は馬糞のあった大袋のところに来て、楽しそうな顔をしながら、「お父さん、サンタはすごいよ」と言いました。「サンタから何をもらったの?」と聞いたら、子供は「まだはっきり分からないけど」袋から一握りの馬糞を出して、「お父さんこれは何か分かる?」お父さんは「何これ?臭いで馬糞みたいね」と応えました。子供は嬉しくて「そうだよ。馬糞があるから。どこかに馬がいるはずだよ。今はその馬を探しているんだ。」

今、生活を実行している世界に対して私たち人間の2つの基礎的な姿勢です。楽観と悲観とのバランスを取る必要があると思いますけれども、最近は社会の状況を見てみましたら、悲観的な態度を取る傾向があるようです。

 

今年は高校を卒業して、大学の入学はより難しくなっているし、大学を卒業しても就職率は低くなっています。そしてリストラという恐れがいつもあります。日本では犯罪が増えているし、世界では貧困、飢饉、戦争、内戦などの切りのない問題が起こっています。将来は高齢化になっていく日本に関わる移民と難民という問題が早いスピードで近づいているから、どのように対応するかという不安が続いています。

 

最近、よく聞かれる表現は「社会は悪くなり、元の状態に戻って欲しい」「社会の状態はこれからよくなるだろう」というのですが、社会は生物と同じように進化(展開)するものなので、悪くなったということも思いませんが、元の状態に戻ることも不可能だと思います。

 

科学の進歩のおかげで、テクノロジが発展され、バーチャル国境のないグローバル化にされた世界になっています。このテクノロジでは多くの人間の問題が解決できています。しかしながら、同時にテクノロジは他の問題(特に倫理的な問題)を引き起こしています。そして人間は時代とともに大きく変化しています。

 

このテクノロジ時代の中で人間が皆、平等に人間らしい生活ができるような社会を作るのは今の大きなチャレンジです。そういう社会になるためにどういう人材が求められているでしょうか。卒業生はこの新しい社会の一員になるとき、重要視することは何でしょうか。それは「人格」です。採用担当者の話では、採用するかしないかの判断の6割は人格でするそうです。そして、残りの2割が生活習慣ができているかどうか、最後の2割が勉強だそうです。

 

ではどういう「人格」が求められるのでしょうか。

初めは、現実的な楽観を持って、笑顔で元気よく挨拶のできる礼儀正しいことです。礼儀正しいということは自己コントロールを表すことです。どんなムードになっていても礼儀を守る人は強い意志を持つ人です。

 

謙虚な心を持ち、他人の喜び、悲しみを共有できる思いやりの人格が好まれています。

 

前進を試みる挑戦の人、約束を守り、嘘をつかわないで、誠実な人、不正義を許さない勇気の人、正しいと思い決めたことは、あきらめずに最後までやり遂げる忍耐強い人、成功の後に感謝できる素直な人。

 

こんな人格を持つ人は「聖人」だと思うかも知れませんが、私は人生の目標がそこにあると思います。聖人になることです。

 

いくら勉強ができても、人格が破綻していたり、生活が乱れていては失格です。そしてその勉強についても、単純に他人と比較するためでは、意味がありません。自分が目標を持った上で、そこに向けた勉強こそ価値があります。

 

卒業生の皆さん、楽観的な人間として、持っている目的を実現するように、そして、皆さんは「聖人」(大人ということではなく、聖なる者)になるように期待しています。

 

最後に、ラ・サールでお世話になった先生の代表として、「ご苦労様でした」

ラ・サールの先輩、後輩の代表として、卒業、おめでとうございます。

ラ・サール会の代表として、ラ・サールにいる間、足りないところがあったと思いますが、どうかそれを許して、「ラ・サールスピリット」を経験していただき、心から感謝します。

 

これからも皆さんに多くの恵みががありますように。

 

鹿児島に来る機会がありましたら、暖かく歓迎すると思います。是非遊びに来てください。

 

 

Koss San es director de la Preparatoria La Salle en la ciudad sureña del Japón, Kagoshima. Además de obtener una mención de honor en el 17º Festival Poético de las Juventudes Revolucionarias de Ciudad Victoria, Tamaulipas, en 1957, acusa sutiles rasgos paranoides. Vive en Japón desde 1987 en estado de gracia.

Publicado en la Revista: